本を書く理由

「なぜ、本を書くのか」と、自問することがあります。

私は物書きではありませんから、別に本を出さなくても、生きてはいけます。また、
今日では、本以外にも自分から情報を発信する手段として、Web上に、ホームペー
ジを開設することもできれば、このようなブログという方法もあります。また私は、
ホームページも開設しています。しかし、それでもなお、本にこだわり続ける理由が
あります。

クリニックの開設から10年あまりの間に、私は数多くの雑誌、新聞などの取材を受
けてきました。こうしたプロの編集者、記者、フリーランス・ライターは、ほぼ例外
なく優秀な人達で、私の意見や考えを、雑誌、新聞などのメディアを通して伝えてい
ただいてきました。

しかしながら、私は新聞や雑誌というものに、ある種のフラストレーションを感じま
す。そのフラストレーションの正体が何かといえば、「テンポラリー感」だと思いま
す。すなわち、新聞に掲載されているどんなに優れた記事も、明日になれば古新聞と
なってしまいます。雑誌もまたしかりです。図書館にわざわざ出かけて、新聞や雑誌
のバックナンバーをたどるなどという人は、一握りでしょうし、私自身そうしたこと
は、ほとんどありません。Webを利用することもできますが、私はあまり好きでは
ありません。

自分の主張、意見、考えを末永く世の中にアピールする。本の存在理由は、ここにあ
るように思えます。本は、上手に作り、読者に伝わる「メッセージ力」があれば、長
い寿命を持って、本屋さんの本棚からメッセージを発する可能性があるのです。その
ことを私に教えてくれたのは、最初に出した『妊娠レッスン』(主婦と生活社)でし
た。

『妊娠レッスン』は、実に6年もの間、多くの本屋さんで、常備本としての扱いを受
けました。そして、多くの人々に手にとってもらうことができました。現在のように
情報の移り変わりが激しい時代にあって、長い寿命を持つメディアというのは、本だ
けではないか。私にはそのようにさえ思えてきます。

もっとも、著者名を記して本を出す以上、その内容について著者としての責任がつい
てきます。それだけに、共同作業人である編集者の重要性は、どれだけ強調しても強
調しすぎることはありません。『妊娠レッスン』は、編集者の能力の賜物だったかも
しれません。本は編集者によって決まる、最近私が痛感していることです。

そして、私は本を執筆するときに、心がけていることは、今を生きる人々の気持ちや
声を、本の中に落とし込んでいきたいということです。つまり、「コンテンポラリー」
でありたいということです。”テンポラリーよりコンテンポラリー”、私が本に取り
憑かれる理由でもあります。

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